20060505 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海
米子に来た時は、肌寒かったが
期間中、晴天が続き
暖かい最終日となった。 
前日、予定された7レースの内
6レースを消化し
本日は1レースを残すのみとなった。
Bクラスの出艇は午前10時
朝早く会場に到着した私たちは
出艇まで車の荷物を整理したり
帰り支度をしながら出艇を待った。
コウシは昨日までの6レースで暫定3位
できることならこのまま3位で終わらせてやりたい。
最後の1レース 
今まで練習したことを思い出して
走って来いと送り出した。
風は5m~6m
西日本少年少女最終レーススタートのホーンが鳴った。
上マークまでのコース取りがまずかったが
なんとかシングルで上マークを回航。
抜かれないでそのまま行ってくれ!
後半、大きなミスもなく
コウシは7位でゴール。
昼食のお弁当を食べてから 
3時の閉会式まで
全ての片付けを終えても持て余すほど
かなり待ち時間があった。
午後3時前にようやく表彰式がはじまり
真っ先にBクラスの成績発表。
コウシ 3位
名前を呼ばれてはじめてコウシが
3位だということがわかった。
コウシやったやん。おめでとう!
子供たちの後ろで私といっしょに見ていた
ダイチの父が握手してくれた。
自分のことのようにうれしかった。
コウシは小学2年からレースに出場して
今回で7レース目。
3年生になってから近県で開催されるレースには
できるだけ参加してきた。
2年生の頃はいつもビリだったが
レースを重ねる度に少しずつ順位が上がって
おとうさんボク負けたくない!
と、少しずつ欲もでてきた。
去年、宇土で開催された西日本が終わった時、
来年は10位以内に入って
Aクラスにいこうとコウシと話した。
私の中では
この米子でコウシが10位以内に入らなくても
今年からAクラスのレースに出場させて
上手な選手と走らせようと思っていた。
西日本少年少女のBクラスで10位以内に入ると
翌年からBクラスのレースには 
出場できないことになっている。
最初で最後のBクラスの入賞を
3位で飾ることができた。
コウシがヨットをはじめた時、
水が怖くて海に足もつけられなかった。
寒くて怖くて泣いた日もたくさんあった。
今回の結果は
コウシの実力以上の結果かもしれない。 
この2年半、練習をほとんど休まずに
頑張ってきたと思う。
ずっと頑張ってきたから
3位になれたんやと思う。
大会の全てが終了し
夕方4時くらいに米子を出発して
私のボーっとした運転で高速道路に乗りそこない
お城のようなおみやげ屋さんに偶然通りかかって
そこでおいしいお菓子を試食して、ようやく米子道に乗った。
その後、3回ほどサービスエリアで休憩しながら
午後11時くらいに壇ノ浦SAにたどり着き
駐車場の隅に車を停め
車の後ろに1人用のテントを張って
狭いテントの中でダイチの父と一夜を共にした。
翌日6時に起き 
子供たちに関門海峡を見せて
福岡まで走って、「万葉の湯」で
温泉にゆっくりつかり
それからキャナルシティのポケモンセンター
に寄った。
子供たちはわけのわからない
小さなポケモンのぬいぐるみを買ってもらい
ここでしか買えない限定品を
ゲットしたと喜んでいる。
ダイチはヘリハンでおニューのライフジャケットと
黄色いラッシュガードを買ってもらっていた。
ダイチはどんどんデカくなっているのに 
コウシは小学2年の時に買った
ウェットスーツとラッシュガードが
まだまだ着れている。
頼むから巨大化してくれ!
そうすれば強風にも強くなる。
巨大化しなくても福岡のケイジュくん
みたいにテクを磨けば乗れるように
なるのかなぁ
ダイチの父と私のOPパパは
はじまったばかりだ。
これからは私たち親が勉強しないと
子供について行けなくなる。
心やさしき全国のOPパパのみなさま 
私とダイチの父はこれからOPパパとして
一生懸命勉強することをここに誓います。
どうか私たちド素人にOPのいろんな
ことをご教授ください。
2006年5月16日火曜日
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 3日目
2006年5月10日水曜日
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 2日目
20060504 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海

朝6時起床
子供たちの部屋に行くとコウシは起きていた。
ベットの上で布団にくるまって眠そうなダイチを
起こし、子供たちの部屋でいっしょに朝食をとる。
ダイチの父と私のサンドイッチはホテルの冷蔵庫の
中で凍っていてシャリシャリしてまずかった。
湊山公園に着くと、いい具合に出艇場所に通じる
道の隣に車2台分のスペースが空いていた。
子供たちは艇の準備。大人は観覧の準備をしていると
出艇時刻が迫ってきた。
Aクラスが先に出艇し、続いてBクラスの番になった。
ここはスロープが無く、水面と同じ高さのポンツーン
からOPを抱えて水に入れる。
普段、子供たちが出艇した後は観覧艇か持参した
ゴムボートに乗ってレースを観覧するのだが
今回はレース海面が護岸に近いので整備された
護岸にマットを敷きイスを並べて
リゾート気分での観戦となった。
コウシのレースを陸から観戦するのはこれが
はじめてである。
陸から近いと言っても親の声は子供に届かない。
叫ばなくてもだいじょうぶやろうか?
今までのレースでは、コウシに向けてレース開始から
終了まで叫ばずにいたことなど一度もなかった。
おらぁー シート引かんかぁーー
お前どこ行きよるんやぁーー
レースでは怒声のサポートはもちろん禁止である。
しかし、ゴムボートや観覧艇に乗りコウシの近くに
いるとどうしても叫んでしまっていた。
コウシが自分で考え自分で判断しなければならない
ノンサポートのレースがスタートした。
Bクラス、参加艇数31艇
スタートしてからほとんどの艇がポートに返す中、
コウシはスタボーで進んでいる。
陸上から見ると艇団の奥行きがはっきりわからないが
スタポーで進んでいるコウシが不利に見える。
早くポートに返せ!
コウシは自分の後方をポートで抜けていく艇団には
気づかないようだ。
ずいぶん時間が経過してからポートに返した。
上マーク付近では艇団が入り乱れていて
私たちが観覧している位置からは、
どの艇が高い位置にいるのかわからない。
コウシいいとこいるじゃん!
誰かが言った。
あわてて双眼鏡を覗くとコウシは上マークを 
4番手で回航。
下マークまでに1艇を抜き、
ゴールまでの上りでは
なんとか順位をキープ
3位でゴールした。
その後のレースでは
上マークで、はじめてのトップ回航を2度したが
上からサイドでセールが風に合っておらず
後続艇に抜かれたが上位に絡む良い
レースが何本かあった。
このレースが3レース目となったダイチは
ほとんどのスタートで第1線からスタートできたものの
レース経験不足のためクローズで周りの艇
に翻弄されしっかりコースを維持できなかった。
元々スピードのあるダイチは
サイド、下までは他艇と同等に走っていたが
下マークからのクローズでまた順位を落としていた。
普段、練習ではダイチとコウシは
同じ練習をして同じように走っている。
ダイチがクローズでキチンと走れないのは
多くの艇と走るレース経験が少ないので
他艇に惑わされ、どう走って良いのか
感覚的にわからないのだと思う。
初日は、風待ちもなく
大会中に予定された7レースのうち
6レースを消化した。
成績が良かったら焼肉
悪かったらお茶漬けと
子供たちと夕食の約束をしていたが
観戦にバテた親が体力をつけないとイカん
ということでお茶漬けはヤメて
元気の出そうなものを食べにいくことにした。
ホテル出て道路を渡るとすぐに
米子市の歓楽街になっていて
5分くらい歩いたところにホテルで聞いた
お目当ての「かば」があった。
掘り炬燵のある居酒屋で
お店の入口に境港であがった日本海の
おいしそうな魚が並んでいる。
期待できそう。
刺身は新鮮で、九州ではお目にかかれない
ハタハタなんかもおいしかった。
店員さんもフレンドリーで子供たちと
ワイワイやっているとポテトの大盛りを
サービスしてくれた。
5人でお腹がいっぱい食べたけど
料金は安かった。
近くにおいしいケーキの食べれる 
おしゃれな喫茶店ありませんか?
ダイチの父が「かば」の店員さんに尋ねたら
わざわざその喫茶店まで案内してくれた。
珈琲工房「喜多川」でおいしいコーヒーを
飲み、帰りにお菓子をもらった。
米子の太っ腹なサービスに
子供たちは大喜び
ホテルへの帰り繁華街をプラプラ歩いていると
手焼きのせんべい屋さんがあった。
米子名物!?六方焼「ちとせ」 
ダイチの父が
これは買わんとイカんやろ!
地元のお菓子、六方焼をゲット!
ここでもまたまたサービスのせんべいをもらった。
なんでこんなに米子はサービスがいいんやろう。
おじいちゃんありがとう。
咲い地蔵(わらいじぞう)に
明日の必勝をお願いしてホテルに帰った。
米子の繁華街は
路地裏に歴史のありそうなお店や
元気そうなお店があって
いつまでも散策していたい
街並みだった。
2006年5月8日月曜日
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 1日目
20060503 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海
5日2日午後、ディンギー艇庫の管理をしている
ゴトウ先生に手伝ってもらってOPを車に積んだ。
せっかくの連休だから楽しんできてください。
ゴトウ先生に見送られ一旦、自宅に帰って
準備をしているとササキコーチが激励に来てくれた。
大分の病院での研修を終えた帰りに、私たちが
まだ出発していないのを知ってわざわざ寄ってくれたのだ。
コウシがんばってこいよ!
うん。
コウシの返事に心なしか元気がない。
2月のウィンターカップでササキコーチに
いっしょに行ってもらったのに結果が出せなかった
ことが頭にあったのだろうか。
ササキコーチに見送られ午後8時に自宅を出発。
途中、ラーメンを食べて熊本のインターで
ダイチの父に電話をしたら
今から宮崎を出発するとのこと
ダイチの父は高速道路に慣れているので
どこかで追いついてくるだろう。
福岡の古賀SAで給油して、九州に別れを告げ
中国道に入ったら急に眠くなってきた。
ダイチの父に「美東SA」で寝ると連絡して
車の中で寝る。
どのくらい眠っていたのだろうか
携帯が鳴った。
モシモシ 追いついたよ。
エッ
寝ぼけてキョロキョロすると
車の外に携帯を握ったダイチの父がいた。
ずいぶん前に「美東SA」に着いて
私がいるのを確認してから仮眠を
取り、4時半になったので
窓ガラスを叩いたが起きないので
車の外から携帯してくれたのだ。
ベルが鳴り私が寝ぼけて携帯を探す姿が
かなり滑稽だったらしい。
まだ明けない中国道を2台で米子をめざした。
「中国道」から「米子道」に入り「大山」を
右手に見ながらしばらく走り米子市に入った。
高速を降りて10キロほど走り
今回の会場となる「湊山公園」に午前9時到着。
全行程11時間、その距離800キロ余り。遠かった。
休む間もなく 
艇を降ろして艤装に取り掛かる。
主催者の話では午後にトライヤルレースを
1本やるらしい。
艤装を終え、レース海面を見に行く。
「米子市」は人口約15万人。
「中海」は宍道湖の東にある
弓ヶ浜半島と島根半島に閉ざされた、
自然が創りあげた静かな内海だ。
風は7~8mくらいだろうか 
しかし、海面は内海のせいかフラットである。
トライヤルレース出場のために
子供たちが出艇するころには風はさらに強くなっていた。
スタートホーンが鳴りOP級AクラスBクラス、
他艇種も同時にスタート。
Aクラスが強風の中、上マークに爆走する中、
コウシとダイチはスタートラインで上れずに右に行ったり
左にいったりしている。
またかよ・・・
Bクラスにリタイヤ艇が出る中
ダイチは上マーク付近で沈してリタイヤ。
コウシはなんとかコースを回ってビリでゴールしたものの
強風に翻弄され、いいとこナシ。
子供たちが着艇して すぐにその場を後にし、
今回の宿である「米子ニューアーバンホテル」に
チェックインしホテルの部屋でダイチ、コウシと反省会。
今日の情けないレース展開に反省会は延々1時間におよび
明日、本戦でのがんばりを子供たちと約束して
レセプション会場の湊山公園に急いだ。
会場ではオードブルとお刺身、天ぷらなどが振舞われて
いたが初日のレースでお腹がペコペコの選手たち
の食欲は旺盛で、遅れて参加した私たちは
食欲を満たせないまま野外会場の冷たい風に
後押しされ会場を後にした。
タロウ家もタロウ父の旧友に会うとかで
私たちより先に撤収した。
冷えた体を暖めるため
事前に調べておいた「おーゆ・ランド」へ直行!
入浴料310円と安く、設備も良かったが
連休のためか混雑していてゆっくりできなかった。
これから行く人は石鹸、タオルが常備されてないので注意。
ホテルへの帰り道、焼き鳥と朝食を買い込んだ。
部屋でダイチの父と反省会をしていたが
長距離運転の疲れで10時には撃沈。
2006年4月23日日曜日
短パン派
20060422
天気予報が大当たり
朝から雨が降っている。
マリーナでは高校生が艤装をはじめていた。
中に、初めてみる1年生新入部員の姿もある。
今年は豊漁で6名の新入部員がはいったらしい。
早速、宇土カップを教訓に
コウシ、ダイチに自分で艤装をさせる。
マストは自分でなんとか挿せた。
スプリットには手が届かずに
台を持ってくる
とコウシから積極的な言葉が・・
しかし私の手が勝手に動いてスプリットを挿してしまった。
これがイカんのよね。(かなり反省)
ササキコーチの朝のミーティングが終わると
子供たちは出艇した。
ドシャブリの中、ササキコーチが
フリースと短パンで艇庫から出てきた
それじゃあんまりだと私の汚いジャンバーを
着てもらう。
ササキコーチは真冬でも短パン派で
寒そうにしている。
寒くない?
だいじょうぶです。
年中短パンで気合が入っているからだいじょうぶなのかも
しれないが今はコーチにとって一番大事な時期なので
風邪でもひいたら大変だ。
ダイチの父とササキコーチと私の3人はゴムに乗って
子供たちを先導して沖に向かった。
マリーナ入口にさしかかると
入口付近が広い範囲にわたって砂に埋もれ浅くなっている。
一番浅いところはゴムボートでも底が当たりそうだ。
ここのマリーナは構造上の問題なのか
大きな台風が過ぎた後はもちろん、そうでなくても
時間の経過で少しづつ砂が溜まり小型船舶の入出航ができなくなり
その度に浚渫船が来て浅くなった海底を掘って
船が通れるように工事している。
1回の作業にかかる費用は3,000万円ほどらしい
私が知っている範囲でも年に最低3回ほど工事をしているので
最低でも年間1億円くらいの費用がかかっているのでは
ないだろうか。
もったいない。
身になるお金ならバンバン使ってもらいたいが、
何も変わらない、足しにもならない。ランニング費用
にお金がかかるのはもったいない。
管理は県だと聞いているが
どんな気持ちで浚渫の決裁をしているのだろう。
このまま浚渫が続くことはないと思いたいが
抜本的な処置が実施されるまでずっと税が投入されるのだ。
この悪循環が長く続けば続くほど無駄な費用がかかる。
当初の計画では、マリーナ入口の沖に一文字の防波堤を
作り砂の流入を防ぐはずだったらしいのだが
一文字防波堤があれば砂の流入が
完全に食い止められたのだろうか。
それでも少しづつは砂が流入し
現在、年数回行っている浚渫のスパンが
長くなるだけなのでは ないだろうか。
いっそ、現在の入口を閉じて南側海面側に入口を作ったらどうだろう。
そのほうが入出航の安全面からしても良いのではないだろうか。
マリーナ建設計画、建設、運営、いろいろな面で簡単には割り切れない
問題やしがらみがあると思うが一日でも早く適切な処置がなされるよう願いたい。
本日は雨、風は北西の風2mくらい
上、サイド、下の三角コースを作って
コース練習をした。
ダイチもコウシもタックをした後に
メインシートの引き込みが足りない。
風が強くて引けないのではない。
集中力が足りずタックした後に引くのを
忘れているのだ。
何度、注意してもすぐ忘れる。
ダイチはタックしてから落ちていくクセ
があったが今日はキチンと上れている 。
コウシは以前は落ちずにスピードが無かった
が今日は落ちまくっている。
2人ともオーバーセールが多い。
ササキコーチが的確に指示を出すが
なかなか自分で考えて走ってくれない。
2人とも以前より上手になって指導者の要求が
高くなったのだろうか?
そうであればいいのだが素直にそうは思えない。
西日本大会を前に問題が山積みであるが
なんとかひとつだけでもマスターさせて
レースに望みたい。
今日、帰ってから反省会をして
無駄なアガキになるかもしれないけど
来週土曜日も練習することにした。
2006年4月17日月曜日
熊本宇土カップ 2日目
宇土カップ 20060415~20060416
4月16日
コウシとヒロタカ、鹿児島ジュニアご一行様はまだ寝ている。
寝心地の良い部屋で目覚めた私はテントを片付ける
ために多目的スペースに向かった。
コウシ一人のヨットを積み下ろししたり
するだけでも大変なのにキャンプ用品を持ってくると
車いっぱいの荷物になってしまい整理が大変だ。
昨晩、お世話になった鹿児島ジュニアの保護者は自分の子供
だけでなく他の子供たちも連れてきているので
荷物もかなりあるだろう。
子供たちの面倒もみなければいけない。
相当なご苦労だと思う。
雨で濡れたものを車に干し、
軽い朝食をとって
コウシと艤装に取り掛かった。
朝8時。
宇土マリーナに出艇のホーンが響いた。
昨日とはうって変わり青空の下
子供たちが出艇していく。
海上は風がなく
遅れて出艇した子供たちは
観覧艇や運営艇にロープで
引かれ沖に向かった。 
Bクラススタート3分前
コウシはスタートラインを流し終え
本船の黄色いセーリングクルーザー横で
待機している。
これまでは下にくだり過ぎたりして
スタートに間に合わないことが
多かったが
今回のレースでは違っていた。
Bクラスのスタートホーン1分前には
スタートラインに入り
最前列で一旦ブレーキを掛けてから
アウターに向けゆっくりと走りだした。
アウターまでの距離を
セールの出し入れで調整している。
うまい。イケる。
コウシはアウター手前から
トップスピードでスタートラインを切った。
どしゃぶりの1日目に2レース
2日目に3レースを消化して全てのレースを終了した。
5レース以上成立の場合、1レースカットだったので
1日目にサイドマークを上マークと勘違いして回航し
DNFになったレースはカットになった。
今回のレースを終えて順位には結びつかなかったものの
コウシは練習の成果をいたるところで発揮した。
また反面、練習中にはやったことのないような
大きなミスもあった。
今回の宇土カップでは、私たち保護者の指導方法を
考えさせられた。
他のジュニアヨットクラブの子供たちは車からの艇降ろし、
艤装など何でも自分のことは自分でやる。
ウチの場合、親が何でも手を出して子供が自分で
何をしなければならないかさえわかっていない。
たしかに、親が手を出せば効率よく事が運ぶ。 
時間がかかってもいいから
子供にやらせて自分が何をしなければ
いけないかを考えさせ
自分のことは自分でできるように
なることがウチの子供たちにとって
一番大事なことだと思った。
早速、帰ってからやらせよう。
熊本宇土カップ 1日目
宇土カップ 20060415~20060416
5月の連休に開催される
2006西日本少年少女オープンヨット大会を前に
1レースでもレースに出場させたいと思い
熊本県宇土市の宇土マリーナで開催される宇土カップに出場することにした。
同じクラブからはコウシと
今回のレースがデビュー戦となる
ヒロタカが参加する。
大会前日、昼から仕事を休み
ヒロタカの父と夕方4時に
マリーナで待ち合わせをして
車にヨットを積んだ。
レース前から当日の天気を確認していたが
毎日、予報が違うほど天気が安定していない。
午後6時に出発すると、すぐに
フロントガラスに雨が落ち始めた。
熊本の天気はどうだろう。
えびのから高速に乗り、熊本の県境を抜けると
雨が止んだ。
宇土マリーナには広い芝生の多目的スペースがあり
去年、宇土で開催された西日本少年少女の大会では
キャンプをしているチームが多かったので
今回はキャンプの用意をしてきた。
午後9時過ぎに宇土マリーナに到着した。
マリーナの駐車場にはOPを乗せた車が1台いたが
期間中の雨を予想してか多目的スペースにテントは
1張も見当たらない。
今回、テントは私たちだけかもしれないと思いながら
水道の近くにテントを張り
ヒロタカ家の到着を待った。
テントの前に明かりを灯し、テーブルとイスを並べ
さぁビールでもと思ったら大粒の雨が降りはじめた。
コウシとテントに避難して
お菓子を食べていたらいつの間にか寝てしまった。
15日朝
テントを叩く雨の音で目が覚めた。
雨は止む気配はない。
宇土マリーナの駐車場には
大会常連の福岡の方ともう一台
OPをカートップした車が停まっている。
聞けば夜中の2時くらいに到着したそうだ。
宇土マリーナ内に4月18日オープン予定 
の道の駅「おこしき館」の屋根付き駐車場
を拝借して艇を下ろす。
この頃からポツポツとOPを乗せた車が
マリーナに集まりはじめた。
雨の影響で参加者が減っているのでは
と思ったがコウシの参加する
Bクラスは1人の欠場もなく
14名全員が集合した。
屋根付き駐車場で艤装をしていると
ヒロタカ家も到着。
昨晩のうちに到着したがマリーナの門が
閉じてあり場外で朝を迎えたらしい。
こんな雨の日にレースをやるんやろうかと
気落ちしていたがスロープから地元の高校生たちが
練習のため出艇していくのを見て気合を 
入れなおした。
午後12時ホーンが鳴り
雨の中を子供たちは
次々に出艇していった。
私も他の親たちといっしょに
観覧艇に乗り沖に出た。
レース海面はマリーナから
1キロくらい沖合いだろうか。
海上は風の影響でうねりがある。
観覧艇がレース海面に到着すると
コウシは先に本船付近に
到着していた。
Aクラスのスタート1分前のホーンが鳴る。
Bクラス5分前のカウント開始1分前だ。
タイマーはセットできるだろうか。
遠くにいるコウシを凝視する。
親の心配をよそに時間前に
シバしてしっかり
タイマーをセットした。
6mの風の中、Bクラスのスタートホーンが鳴った。
コウシはスタートラインの中央より少しアウター寄りから
スタートを切った。
スタートして10mくらい走ってすぐにタックしポートにかえす。
もっと見ていたかったのだが私の乗った観覧艇は
本船の外側を回り上マークへ向け走り出した。
上マーク付近から見るとコウシの上り角度が悪い。
他艇はバウが見えるがコウシはハルが見えている。
こりゃダメだわ。
いつも練習の時には上らせ過ぎで、スピードが出ないので
スピード重視で練習してきた。
こんな形で裏目に出るとは・・
スタート直後にはトップだったのに
前回の課題だった強風でシートを引けない
(引かない)ことはクリアしていたようだが
アビーム気味で落ちまくって走ってきたコウシは
上マークを6番手で回航した。
すぐに前の2艇を追い抜き4番でゴール。
2レース目もスタートは良かったものの
1レースと同じように上マーク付近から見ていると
あろうことかサイドマークを回航してゴールに向かった。
結局、2レース目は上マークを回航したのは
2艇。他の選手は全てDNFとなった。
その後、霧のためBクラスはハーバーバック
となり初日のレースを終了した。
ヨットを片付けて
宇土マリーナの近くに最近オープンした「おこしきの湯」
に向かった。「おこしきの湯」はオーシャンビューで
広い窓から御輿来(おこしき)海岸が望める。
一日中、雨に打たれて冷えた体を温めながらコウシと反省会をした。
2レース目はどうやった?
3位やったよ。
そうやっちゃ。
近道があってクローズで走りよったらそのままマークを
回ることができたよ。
コウシが回ったマークは上マークじゃなくて
サイドマークやったちゃが。
えぇーーーほかにマーク見えんかったよ。
じゃボク何位?
サイドマークを上マークと勘違いして回ったコウシは
間違いなくDNFだった。
こんなやり取りのあと温泉を後にした。
宇土マリーナに帰るとレセプションの用意が整っており
熊本の運営の方々、保護者の方々が用意してくれた
おいしい焼肉、焼きそば、イカ焼きなどご馳走がたくさん
並んでいた。
早食いの私は10分ほどで腹いっぱいになった。
同じクラブのヒロタカ家以外、気軽に話せるような
保護者もいないのでテントに帰ろうと思っていたところ
以前、別府のクリスマス合宿で少しだけ話をしたことの
ある鹿児島ジュニアの父兄の方が声をかけてくれた。
子供たちが上マークを回らずにサイドマークを回って
来た話や一日雨で寒かった話で盛り上がった。
また、こんな雨の日にテントは大変だから
鹿児島ジュニアの宿泊場所にいっしょに
泊まればと声を掛けていただき
お言葉に甘え一晩ご厄介になることになった。
コウシはすぐに寝てしまったので
鹿児島の子供たちとあまり話ができなかったが
これから大会や練習を通してぜひとも仲良くなって
ほしい。
2006年4月10日月曜日
ディンギー艇庫
20060409

4月というのにまだ肌寒い
コウシにジャンバーを着せてから
マリーナに向かう。
ヒロタカ、コウシは4月15日に
熊本で開かれるレースに出場するので
今日がレース前、最後の練習だ。
ササキコーチは病院の研修、
ダイチのお父さんは会社の会議で
練習には参加できないとの連絡があった。
OP3艇を艇庫から出して
コウシのヨットの艤装を済ましたところで
ダイチがお母さんといっしょにやってきた。
少し遅れてヒロタカもお父さんといっしょに到着。
私一人で3人の子供を見るのは無理なので
ヒロタカくんのお父さんが来てホッした。
OP組はダイチ、コウシ、ヒロタカ。
タロウはミニホッパーの練習をするので
OP組とは別で高校生といっしょに練習している。
ヒロタカのお父さんとゴムボートに乗り
OP3艇を引き連れ沖にでると
高校生の練習用にマークが既に打ってあり
高校生は別の海面でセーリング練習をしていたので
高校生たちがマーク回航練習をはじめるまで
マークを拝借して練習することにした。
風は3m~4mだったが時折、6m~8mのブローが入る。
練習にはもってこいの好条件だ。
コウシはあいかわらず上り過ぎでスピードが無い。
見ているとラフ付近少しシワが入りシバ気味で走っている。
クローズでスピードが無いのは致命的だ。
コウシのクセに合わせたレーキの調整が必要だと思う。
こんな時にコーチがいれば適切な指示がでると思うのだが
今日は私とヒロタカの父しかいないので
上り過ぎやがぁーー
と叫ぶくらいの指示しかできない。
また、ブローが入るまでは
シートは引けているが
ブローが入ってヒールしてシートを緩めるのはいいのだが
その後、シートを引かずにセールを出したまま走っている。
コースを3、4回、回った後
風が上がってきて7m~9mくらいに
なってきたのでそろそろ着艇させようと思ったが
ヒロタカの父が
こんないい条件はなかなかないから もっと乗せましょう!
結局、全周1kmくらいのコースを7回ほど回らせて
午前の練習を終了した。
ダイチは午前中の練習のあと用事ができて早退した。
午後からのスタート練習はタロウも加わり、
湾内でタロウ、ヒロタカ、コウシで練習した。
この4月から臨海公園に指定管理者制度が導入された。
ディンギー艇庫は指定管理者制度の枠外となり
セーリング連盟が管理することになったようだ。
ディンギー艇庫には今まで管理人は居なかったが
4月からセーリング連盟の役員が管理者として配置された。
利用者からはこれまでよりも
安全、利用面でのサービス向上が望まれるところである。
青少年育成の面から利用者の一人として運用を見守っていきたいと思う。
2006年3月26日日曜日
臨海公園の南側
20060325
ウルトラマン レッド & ウルトラマン ブルー
今日はササキコーチが福島に研修に行って
お休みだったのでコーチ不在の練習だった。
タロウはお父さんといっしょに高校生の九州選抜の大会
のお手伝いでお休み。
ダイチ、コウシ、ヒロタカのOP組三人での練習となった。
朝、マリーナに到着すると
大会に参加する大勢の高校生が艤装していて
久々に活気付いている。
高校生の大会に迷惑がかからないよう
海洋高校のヒロイケ先生にジュニアの練習予定を伝え
早速、子供たちの準備に取り掛かった。
今日は、臨海公園の隣にある南側海面で練習するため
陸上からOPを運ぶ予定だったが、
昨日、下見に行ったら南側海面の砂浜に
降りる道路がぬかるんでいたので、
海上から移動することにした。
子供たちを先に出艇させ
コーチボートをクルーザーヤードから回し
子供たちと、南側海面へ向かった。
今日の風は南東から南南東、1m~5mくらい
風がなかったのでダイチのお父さんが
これじゃ南側海面に到着しないんじゃない?
と心配したものの、途中からいい風が入って
30分ほどで到着した。
上、サイド、アウターを300m間隔で打ち
本船をアンカリングした。
レースが近いから今日の練習は
レースと同じようなコースを作って
コース練習することを子供たちに伝える。
1レース終わるごとに本船の周りに集合させ
悪い点を一人一人に注意する。
コウシ
クローズで上り過ぎでスピードが無い。 
上からサイドへ向かう時にセールが風に合ってない。
課題だったクローズでの
シートの引き込みは
なんとか出来ている。
ダイチ
クローズでスピードはあるが
上り角度が悪い。
無意味なタックが多い。
人の後を走るクセがある。
ヒロタカ
まだ始めて日が浅いので練習を始める前に
全てのマークを回ってこれるのだろうか
と心配したが、ダイチ、コウシに迫る勢いだった。
これからの成長が楽しみ。
午後からの練習でダイチのお父さんが嘆いた。
ダイチはなんであんなに覚えが悪いんやろうか?
なんで人に負けてくやしいと思わないんやろか!
アイツ、ヨットに向いてないんやないやろか?
それは私も経験したことのある苦悩だった。
そんな父親の心配をよそに午後のレースで
ダイチはトップにたった。
ようがんばった!ダイチやればできるやん!
前半、コウシがトップだった展開も
後半にはダイチはコウシに食いつくようになった。
最後に上、サイド、アウター、上、アウターの 
レースをして本日の練習を終了した。
コウシはスピード
ダイチは上り角度が
当面の課題になりそうだ。
いっそ、コウシとダイチが
良いとこ取りで合体してくれんやろか。
それでヒロタカの怖いもの知らずの
性格がプラスされれば無敵かも。
2006年3月18日土曜日
ササキコーチとボーリング
20060318
マリーナに着くと
今日は、ササキコーチが先に来ていた。
こんなに早く来ているのはめずらしい。
家を出るときからずっと雨が降っていて
天気予報では今日は一日中雨みたいだ。
昨日、ジュニアの保護者に連絡したところ
コウシの他は、全員、都合が悪くて
お休みということだったのでコーチに
コウシだけだから今日は練習を中止しましょうか?
と伝えたら、コウシ一人でも練習しましょう!
との返事。
今日はコウシ一人での練習となった。
ダイチはお休みやけどダイチの父は練習に参加する
らしい。
高校生、大学生が艤装するなか
コウシは雨降り風無しということで陸上練習を
することになった。
コーチが
いっしょうけんめいやったらボーリングに行こう!
エッ マジ?
コウシは目を輝かせてタック、ジャイブの練習を
している。
それを横目に、ダイチの父と私は、練習用セイルとブームの
古くなったシートの取替えをした。
子供たちのヨットの艤装をチェックしてみると
風見もくたびれたのが多くそろそろ新しいのに
替えないとダメ。
ダイチのパドルは割れていてダメ。
ティラーエクステェンションのゴムも劣化してる。
買い替えが必要なものがたくさんありそうだ。
練習がひと段落して
コーチも私たちに加わり
ヨットのメンテをしていると
まだ、ボーリング行かんと?
ねぇ まだ?
お父さんたちは何してる!?
ヨットの整備。
これ誰のヨットや?
コウシは黙った。
その後は静かに私たちの作業が終わるのを
待っていた。
作業が終わりコウシはコーチと
ボーリングに行くことになり
迷惑かけるから私もいっしょにいきましょうか?
とコーチに声をかけたが
約束したのは私だから私が連れて行きます。
なんとできた大学生だ。
私が若い頃とはエライ違いやわ。
コーチにコウシをお願いして
マリーナで別れた。
2時間くらいしてコウシがニコニコ
しながら帰ってきた。
コーチはコウシを送ってきて
コウシを車から降ろすとすぐに帰ったらしい
家に寄ってくれればよかったのに
コーチとヨット以外で遊んだこと
コウシにとっては、ずっと残る思い出になると
思う。
コーチありがとう!
2006年3月11日土曜日
クルーザーヤード20060311
天気:晴れ
風:1m~3m
海上:うねりあり
今日は練習日ではないけど
ダイチとコウシ2人で練習することになり
9時にマリーナに着いた。
マリーナではトップアスリート育成事業
なるものが開催されるらしく県下のヨット部
の高校生がマリーナに集合している。
私が言葉だけ聞いて調べた
県のトップアスリート育成事業とは
==一貫指導体制を充実させ、小・中・高校生
の発達段階に応じた適切な指導及びスポーツ
環境の整備を図ることにより、総合的な少年競
技力を推進する。==
というものだそうだ。
うん?小・中・高校生?
というとダイチとコウシも当てはまるのでは?
まぁ優秀な子供だけということなのかもしれ
ないが・・・
でも高校生は全員参加なのになぁ
アサインするかしないか 
参加するのに選考の基準があるかどうか
は別として
県の担当部署、県セーリング連盟は
関係者に情報を流してほしいと思った。
さておき
今日は、マリーナの外は波が高かったので
ダイチとコウシはクルーザーヤードで
練習した。
前回、コーチから教えてもらった 
上マーク回航の練習と
最近、キビキビできなくなっていた
タックを中心に練習した。
今日は、ダイチのお父さんがデート
があるらしく2時半に練習終了!
ダレとデートなんかいな????
あやすぃ
2006年2月6日月曜日
2005年2月5日土曜日
鹿児島ウィンターカップ 2005
20050205~20050206
先月、ケガをして足を4針縫ったコウシは
傷口が乾かず今回のレースに出場させるかどうか
最後まで迷ったが本人がどうしてもと言うので
足をビニールで包んで出場することにした。
宮崎から都城まで高速で走り
都城から末吉まで下の道、
それからまた高速に乗って
鹿児島インターから指宿有料道路へ
しばらく一般道を走り平川マリーナに到着した。
我が家の節約コースにタロウ家にも
お付き合いいただいた。
タロウ家はレスキュー用のゴムボートと
子供たちのOPを積んだトレーラー
を引っ張ってきてもらったので一般道を
長く走るにはかなりつらかったみたいだ。
コウシはこの大会が2回目の出場になる。
鹿児島の平川マリーナに到着し
タロウの父とゴムボートを降ろして
OPの艤装に取り掛かる。
今回もタロウの父がコウシの艇の艤装も
手伝ってくれた。
真冬の一番寒い時のレースなのだが
タロウからドライスーツをいただいたので
寒さ対策は万全だ。
ヨット用のドライスーツは両手と首の部分が
ゴムで出来ていてピッタリ手足にくっついて
水の浸入を防ぐ、足の部分はゴムのソックス
になっていて足が濡れることはない。
OP級Bクラスのエントリーは9艇。
Bクラスには海上でAクラスと見分けるため
に赤いリボンが配られスプリットポールの
トップに赤いリボンを付けた。
Aクラスの出艇の後、Bクラスも出艇する。
タロウ、コウシを出艇させ、
タロウの父と持ってきたゴムボートで
子供たちの後を追った。
今回のレースはAクラスとBクラスが同じコースで 
同時にスタートする。BクラスはAクラスより
コースが短くサイドマークを回った後にアウ
ターを回り本船と本船の下のブイを結ぶ
ラインがゴールとなる。
つまりサイドマークまではAクラスと
いっしょに走る。
ウチのクラブにはAクラス(上級者)はいな
いのでAクラスの走りを見ることができる。
第1レースのホーンが鳴った。 
コウシはスタートラインにたどりつくことが
出来ずかなり遅れてスタートした。
ヨットレースがわかっていないコウシは
オーバーセール、上マーク付近では
なかなかマークを回れず
何回もタックをくり返した。
第2レースはスタート直後
ポートに返し船団からどんどん離れていく
その後もタックせずに
コウシはどこまでいくんやろう
と思って上マーク付近でゴムで待機して
いたら遠くからスタボで上マークに
突っ込んできた。
そのまま上マークを3番手で回航
ヨッシャ イケる!
その後、サイドマークを回航後、
ゴールラインとサイドマークの間にいた
運営艇に行く手をはばまれ
コース変更を余儀なくされた
その隙に、後続艇にバラバラと抜かれ
6位でゴール。
なんでコース上に運営艇がいるのか
わからなかったが未熟なコウシは動揺して
運営艇をうまくかわせなかった。
2日目、最後のレースが終了して陸上に上がり
貼り出されたレース結果を見にいったコウシは
車の中で泣いていた。
津屋崎のうみがめカップはずっとビリだったが
今回のレースはビリじゃないレースも何レースかあった。
コウシは結果を楽しみにしていた。
がんばれ!!コウシ!!
お前のヨットレースは まだはじまったばかりや!
2005年1月19日水曜日
ヒザのケガ

コウシたちがいつも練習しているスロープ前の海面で
レーザーに乗っているとスロープの方から大きな声がした。
コウシがケガしたぁーー!
慌ててヨットを回して着艇すると、
マリーナに来ていたジュニアの保護者、大学生が
コウシの周りに集まっている。
コウシのヒザから血が流れている。
いっしょに遊んでいた子供たちから話を聞くと
コウシはスロープで転んだらしい
スロープに付いている牡蠣殻で切ったのだろう。
コウシのヒザはザクロのように切れていて
グチャグチャになっているように見えた。
大声で泣いているコウシに
たいしたことない。すぐに治る
と声をかけた。
消毒薬で消毒して傷口にガーゼをあてた。
私も子供の頃、転んで何度もヒザをケガしたこと
があるが、こんなにひどい傷口を見るのは初めてだった。
当番医を探し、病院に運んだ。
痛かったやろ
先生はコウシに話しかけながら傷口に麻酔の注射を打つ
麻酔は効くのか心配なほどひどい傷だった。
注射のあと歯ブラシみたいなもので
傷口をゴシゴシと消毒している。
コウシは大声で泣いている。
麻酔は効いているのか!?
消毒の後、先生が複雑に切れた傷を器用に縫っていく。
この先生、名医や!
先生の鮮やかな手つきを見て
傷口はキレイに治ると思った。
これまでケガをする心配などあまりしていなかったが
コウシがケガをしてから子供を追う目が
敏感になった。
オラァーー
スロープを走るなぁーー!
今日もマリーナに怒声が響く。
2005年1月10日月曜日
危機一髪

1月のある練習日
その日は臨海公園の南側海面で
の練習だった。
風は3mから4mくらいの順風。
大人3人はコーチボートに乗り、
タロウ、コウシ、ダイチの3人は
マークを回る練習をしていた。
ダイチがコーチボートに近寄ってきている。
視線を外し、もう一度ダイチに 目を向けた時、
コーチボート近くでダイチがOPに
食われるような形で
ひっくりかえろう とするのが見えた。
子供たちの乗っているOPには
大きなエアバックが 3個取り付けてあり、
ひっくりかえっても海に完全に没することはない。
海上でひっくりかえった時には
ヨットから離れないように指導している。
広い海の上では
ヨットは発見することができても
船から離れ漂流している人を
見つけ出すのはむつかしいからだ。
ヨットがひっくり返った時には
船底によじ登り、センターボードを船底側に
引き出してセンターボードに
ゆっくり体重をかけてヨットを起こす。
コウシの体重は20キロくらいだが
コウシほど軽い体重でも簡単に
ヨットを起こすことができる。
大人の乗る艇種のレーザーやホッパーなどは
起こしながらヨットに乗り込むことが
可能だがOPの場合、起こしながら
乗り込むことがむつかしいので
起こしながら一旦、海に浸かり
それから正常な形に戻ったヨットに
乗り込んで、中に溜まった海水を
「アカ汲み」と呼ばれる
プラスチック製のバケツで汲み出す。
ダイチがひっくり返るとき
首にメインシート
が巻きついているように 見えた。
その時、私とダイチの父は
コーチボートのバウにいた。
すぐに父親が飛び込みガンネルをつかんで
艇を持ち上げダイチをヨットの中から
引き出そうとするが一人の力では
どうにもならない。
私も飛び込み、ダイチをヨットから引きずり
出して首に絡んだメインシートを外した。
ダイチを掴んでコーチボートのスターンに回り
ダイチをコーチボートに上げる。
こわかったやろ。もうだいじょうぶやから
だいじょうぶ。だいじょうぶ。
声をかけ
コーチボートにダイチ親子を乗せて
マリーナに戻った。
少し落ちついてダイチの父と話をした。
たまたま、コーチボートの近くで
ひっくり返ったからすぐに救助できたが
もし、ダイチが遠くでひっくり返っていたら
どうなっていただろう。
ダイチはコウシと同じ小学2年生。
ひっくり返ったときに、自分で事態を把握して
自分でメインシートを首から外すことなど
到底できない。
親の一瞬の油断で子供が危険にさらされる
ことがある。
ヨットの練習は子供も親も真剣勝負だ。
絶対に子供から目を離さないこと。
子供にヨットの操船を教えることよりも
もしもの時、どうすればいいかを教えることが
大事だと思う。
たしかに子供は少しずつたくましく
成長している。
しかし、子供は日常的に
多くのことを経験していないので
日常と違うことが起こったときに
応用させる元になるものを持っていない。
安全については、日頃からコーチ、保護者が
日々、安全に対する意識を確認し合い、慢心しないよう
子供たちを見守っていきたい。
2004年11月26日金曜日
サイワキコーチ

ダイチが入会してから小学生は3人になった。
小学4年のタロウ。
小学2年のダイチ、コウシ。
ウチのクラブは毎月第2、第4土曜日と
第3日曜日に練習している。
練習は朝8時半から4時くらいまで
朝、ヨットの艤装をしてから
準備体操、 ミーティング、出艇となる。
お昼に一旦、陸に上がり昼食をとる。
練習はコーチと保護者が協力して 指導している。
ヨットは海が相手なので
万が一の危険がつきまとうので
練習には保護者もいっしょに参加する。
現在のコーチはサイワキコーチ。
今の高校生が小学校の時から 
子供たちの指導をしていると聞く。
30才前半らしいのだが
なにか相談したりしても
だいじょうぶっスよ。
という返事が返ってくる。
落ち着いていて判断もしっかりしてくれるので
頼もしい。
コーチはセーリングクルーザーを所有している。
クルーザー乗りの話ではカレは本物のヨットマンらしい。
本物のヨットマンは、操船はもちろん、
自分でヨットメンテナンスができてこそ本物。
最終目標がクルーザーの私もコーチがヒマなときに
クルーザのことをいろいろ教えてもらおうと思っている。
ディンギーヤードの中には
カレが皆のために自作したモノがたくさんある。
子供たちのヨットの壊れた部品や、
ヨットを車で運ぶ時に使うラックなど・・
必要なものがあると金属を切ったり
溶接したりして なんでも作ってしまう。
子供たちの扱いも手馴れたものだ。
長年、子供たちの指導をしているので 
親が誰であろうが
親がいようがいるまいが、
子供たちに厳しく接してくれる。
カレ自身、自分の子供がいるわけでもないのに
練習日には欠かさずに出て来て子供らの指導をしてくれる。
ジュニアクラブからコーチに支払われている謝礼は
わずかだと聞いている。
ヨットが好きで子供が好きじゃないとできないことだと思う。
私も少しでもヨットのことを覚えて指導の
手伝いが出来ればと思っているのだが
コレががなかなか身につかない。
たとえ私にヨットの知識があったにしろ、
親子だと甘えがでそうなので
親よりも コーチから指導してもらうほうが
子供のためには良いと思う。
コーチは津屋崎のはじめてのレースの時も
応援に駆けつけてくれた。
ついでがあったから寄ってみました。
と言っていたが、
そんなに都合よくついでがあるわけがない。
子供たちのことが気になって
わざわざ来てくれたの だろう。
こんなに一生懸命やってくれるコーチがいる。
そんなコーチの思いは、
今は幼稚なコウシには伝わらないと思う。
いつか、わかる日がきたら
お前達のために自分の時間を割いて一生懸命指導して くれた
サイワキコーチがいたということを思い出してほしい。
2004年10月13日水曜日
はじめてのレース2

出艇した子供たちを追って
私たちもゴムボートを出した。
沖に出てみるとレースのある海面は
岸から1キロ以上離れているように
見える。
出艇するときは波も無く穏やかだった海は
子供たちが沖に到着するころには
風を増し波もかなり大きくなっていた。
だいじょうぶやろうか
ヨットに乗り始めて1年が過ぎているが
湾内の練習がほとんどのコウシは
こんなに荒れた海を体験したことが無い。
Bクラスは7艇がエントリーしていて
コウシは最年少の2年生
Aクラスがスタートした後
Bクラスがスタートした。
コウシはスタートのホーンが
鳴ってもスタートラインにたどり着けない。
ヨットのレースのスタートラインは
本部艇と呼ばれる船と、その近くにあるブイを結ぶ
見通し線がスタートラインとなる。
スタートラインは風向に対して
垂直に設置される。
スタートラインは風下にあり
800mほど風上のブイ(上マーク)
を目指して走る。
ヨットは風に向かって進むことは
できないので
上マークまでは風向に対して
走れるギリギリの45度くらいの
角度でジグザグに進む。
上マークを回ったあと
次のブイ(サイドマーク)を目指す。
その時はアビームといって
ヨットは真横から風を受けて
一番スピードが出る。
BクラスはAクラスよりコースが短く
上マーク、サイドマークを回り
スタートラインがゴールになる。
コウシはみんなよりずいぶん遅れて
スタートラインを切った。
風が強く、波が大きい。
大人でもビビるような荒れた海で
何度も風に煽られ何度も
ひっくり返りそうになりながら
歯をくいしばり
小さな手でシートを懸命に引いている。
コウシを見ていて 体が震え、涙が出た。
しばらくしてコウシのヨットはひっくり返った。
ゴムボートでコウシに近づく
まだがんばれるか?
私は最後まで頑張らせようと思っていた。
コウシは泣きながら「うん」と答えた。
T君の父が言った。
コウシはもう十分がんばったちゃないですか!
私は我に返り
コウシは頑張った。もう十分頑張ったと思った。
コウシのヨットから海水をかき出し
ヨットに乗り込み2人で岸を目指した。
よう頑張った。ようやったな!
また練習して上手になろうな!
コウシの初めてのレースが終わった。
一人乗りのヨットは、一旦、海にでると
怖くて、いくら泣いて叫んでも
手を貸してくれる人はいない厳しいスポーツだ。
お前がヨットが好きなら
オレはいくらでも応援したいと思う。
強い男になってほしい。
2004年10月12日火曜日
はじめてのレース1

コウシがヨットをはじめて
しばらくたってから
OP級にレースがあること
を知った。
ヨットを上手に操船できるように
なればいいと思っていた私は
レースにはあまり興味がなく
一度は参加しても
いいかな・・
くらいにしか思っていなかった。
9月のある日
T君の父親から津屋崎でレースが
あるから行ってみませんか
と誘われた。
2004.10.10~10.11 うみがめカップ 津屋崎
ヨット専用のトレーラーに2台のOPを 
積んで、いつも練習に使っている
ゴムボートも積んだ。
積込はヨット部の高校生たちが
手伝ってくれた。
トレーラーを車で牽引して
高速道路をひた走り
福岡の津屋崎に着いた。
レースの本部事務所となるホテルスターリゾートの前には、
OPをカートップしたたくさんの県外ナンバーの車が
停まっている。
しばらくして主催者から集合がかかり
選手と保護者が
ホテルのホールに集った。
参加している子供たちは
小学校低学年から中学生まで
40人くらいいる。
主催者からOPの講義と
レースについての説明があったが
話がむつかしくて意味がわからない。
コウシも当然わからないと思うが
他の子供たちは理解できている
のだろうか?
この時は、子供相手なんだから
もっとわかりやすい言葉で
話してくれればいいのに
と思った。
後にわかったことだが
話が難しいと感じたのは
私とコウシくらいで
よくレースに参加している
他の子供たちは十分理解できる
レベルだったらしい。
OP級は2つのクラスに分かれていて
Bクラスは初心者レベル
Aクラスは中級、上級者レベル
コウシは当然、Bクラスでの
出場となった。
ホテルの前はビーチになっており
子供たちが次々と出艇して
沖に向かって いく
お父さん早くしてよ! 
僕が最後になるじゃん!
コウシは自分が最後になる
ことを極端に嫌う
自分が最後になると
よほど心細いのだろう
コウシもなんとか出艇した。
2004年8月28日土曜日
ダイチ登場

ディンギーの艇庫は
臨海公園の一角にある。
臨海公園には
海水浴場、多目的広場、
クルーザーヤード、釣り公園
、ディンギーヤードがあり
その他に公園協会の職員がいる
管理棟がある。
休日ともなれば
釣り公園、多目的広場は子供連れ家族で
にぎわう。
ディンギーヤードは多目的広場の道路を挟んだ
北側にある。
ディンギーヤードの周りには
背丈ほどある垣根が張り巡らせてあり
頑丈そうな入口の門には、
「関係者以外立入禁止」の看板が掲げてあって
なんとも近寄りがたい雰囲気だ。
夏も終わりに近づいたある日
男の子を連れた夫婦がやってきた。
子供はコウシと同じくらいだろうか。
「ヨットに乗ってみたいんですけど」
乗りたいのは子供ではなく親のほうだった。
早速、来るものは拒まずのT君の父が
レーザー(1人乗りの大人用の艇)の艤装を
してあげ、私が初めてきたときのように
丁寧に説明している。
一通り説明が終わると
まず、父親が挑戦した。
まぁ初めてだから
あんなもんだろう・・・・ うん? おぉ!
私が最初乗ったときより かなり上手だ。
初めてなのに右に行ったり左に行ったりしている。
次は奥さんの番だ。
ディンギーはひっくり返ってぬれたりするので
女性の場合、躊躇しそうなのだが・・
うん? 父親よりもウマイ!
なんて初心者だ!
陸に上がって話しを聞くと
男の子の名前はダイチといい
コウシと同じ小学2年生だった。
私も乗りたいから
ダイチをジュニアヨットクラブに入会させます。
えぇーーーッ
コウシと同じじゃん
かくしてダイチは
コウシと同じように
自分の意思に関係なく
ジュニアヨットクラブに入会することになった。
コウシ小学2年生の夏
2004年6月10日木曜日
エビとウニ

保育園の頃
コウシとコウシの友達を連れて
大きな池のある公園に遊びに行った。
コウシと友達は池に流れこんでいる
小さな小川でメダカを取って
遊んでいるようだ。
私は木陰で休んでいた。
コウシの友達が 
「おじちゃん、コウシくんエビ食べたよ」
「ゲエェーーッ」
コウシの手にはエビの頭が残っている。
「お前、エビ食ったんか?」
「うん」
「おいしかった?」
「ふつう」
こんな汚れた川のエビを生で食うなんて・・
もちろんコウシにはちゃんと3食、食べさせている。
怒る気にもなれず
川のエビはもう絶対食うな!
川のエビにはバイキンがいるからな!
この後タイミングよく、ぎょうちゅう検査があり
コウシは陽性で御用。
家族全員、虫下しを飲んだ。
コウシはヨットをはじめてからも海の生き物を見たら
「コレ 食べれる?」
と聞くことがある。
「食える」と言ったらなんでも食いそうだ。
マリーナのスロープには牡蠣や藻が付いていて
カニやウニなど小さな生き物がたくさんいる。
コウシとT君はよくウニを取ってきて食べている。
身がたくさん入っているウニの見分け方が
わかるだとか、スロープ左側にいるウニの
ほうがおいしいだとか・・
聞いていると子供同士でわけのわからん
会話をしている。
ヨットでもしなければ
毎週、こんなに自然に親しむような
ことはできないだろう。


