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2006年7月18日火曜日

2006B&G OP級ヨット大会(西日本大会)

20060715~20060717



















以前、住吉浜リゾートに
同じクラブの選手の応援にきた。
コウシと私は応援そっちのけで
砂いじりと貝探しをして遊んだ。
着艇の時の手伝いで干潮時に干潟の上を
艇を引っ張って重かったこと
宿の風呂に入ろうとしたら
水道の蛇口から砂がでたこと
あの時、コウシは小学2年生に
なったばかりだった。
早いものであれから2年と2ヶ月がたった。

今回、住吉浜で開催される大会に
ダイチとコウシが
参加することになった。

鹿児島ジュニアのお世話で
海沿いの綺麗な宿をゲット!
子供たちも鹿児島の子供たちと
騒げるとあって大喜びで住吉浜入りした。

到着後すぐに艇の準備をして
沖で練習していた兵庫ジュニアの練習に
参加させていただいた。
兵庫のベテランコーチは子供たちに
的確な指摘をする。
我々ももっと勉強しなければ

夜は鹿児島の皆さんとバーベキューをして
明日のレースに備え早く寝た。

大会1日目
別府ジュニアのタカヤマさんと
ヒラバラさんの乗ったマークボートに
ダイチの父といっしょに乗せていただき
第3マークを担当した。

息子さん来ましたよぉ!
シャッターチャンスですよぉ

ヒラバラさんがコウシのシャッターチャンスを
教えてくれる。
最高のシャッターチャンスなのだが
ビリで回航するコウシにカメラを向ける
のは複雑だった。

初日、軽風の中、4レースが行われたが
コウシは初めてのAクラスでビリを
3回ひいた。

スタートしてから先行艇のブラインドに
入ったらすぐにタック
スタボで上ってきている
後続艇と勝負!後続艇ケツでタックして
ブラインドに入りまたタック。
その繰り返しで上を回航するころには
勝負する艇はいなくなっていた。

2マークから3マークでは何を思ったのか
セールを必要以上に出してバイザリーもどき。
コウシのセールは風を受けるどころか
反対側にシバしているような感じにさえ見えた。
バイザリーなんか教えるんじゃなかった。
ソレやコレやでさらに先行艇との差を広げて
ドベを独走。

A最初のレースだから・・
この事実を受け止めようと思った。
でも、こらえきれず・・
鹿児島のモトツさんが止めるのも聞かず
着艇したコウシを叱り飛ばして
しまった。
親もまだまだ修行が足りない。

夜の反省会では、イワキさんから
タメになる話しがあったらしい。
コウシは理解できただろうか?
私は疲れと頭痛で8時には
寝てしまった。

今回、食事は全て自炊でまかなおうと
いろいろと用意してきたのだったが
肝心な鍋、カセットコンロを忘れてきた。
イワキさんがアウトドアご一家の
別府のタカヤマさんから借りてきてくれた。
おかげで初日のバーベキューの残りの肉で
おいしいカレーを作ることが出来た。
タカヤマさんありがとうございました。

最終日、昨日の反省を踏まえて出艇した
コウシはいい位置からスタートすることが
できた。
スタートしてから100mくらい走ったところで
タックしてから上ってくる艇団の上や下を抜けて
そのまま右海面を突っ走り我々のボートから
見えなくなってしまった。
どこまで行ったんやろう・・・
前にもこんなことがあったような
気がする。






我々のボートは2マークに移動して
Aクラスのトップ集団の2マーク回航を
見学した。
するとトップ集団が2マークを回航してから
次の艇団の中にコウシを発見!
上まではどういうコースを辿ったのかは
わからないが20位以内に入っている。





















イケェー!そのまま行くんやぁー!

心の中で叫びまくった。

コウシが2マークを回航してから
風が全くなくなった。

コース短縮となり
3マークがゴールになったので
我々は3マークに戻った。

ほとんど無風の中、上位の数艇が
なんとかゴール。
その後の艇は全てDNF(時間切れ)と
なった。
せっかくビリじゃないレースだったのに
もったいない。
でもあのまま走って
最後まで順位を下げず
に走れたかどうかはわからない。
でもこれがコウシの自信になった。

お父さん、オレ タックしすぎちょった。
次からはビリにならないようにガンバルわ




















初めて参加したAクラスのレースで
ビリ4連発!
Bに戻そうかと思ったけど、もうBには
戻りたくないらしい。
Aのレースは楽しいらしい。

がんばれ! コウシ!

2006年6月18日日曜日

鹿児島合宿

20060617~20060618



















宇土カップの時にお世話になった
鹿児島ジュニアの保護者の方に
「子供がたくさんいると喜んで
練習するのにねぇ」とボヤいたところ

いっしょに練習しましょう

と嬉しいお言葉をいただき
ずうずうしく鹿児島ジュニアの練習に
参加させていただくことになった。

ダイチ父の仕事が終わるのを待って
宮崎を出発。
今回は艇もお借りできるということで
荷物も少なく、車は一台で済むし
貧乏サラリーマンにとってうれしい
遠征になった。

ダイチ父の安全運転で午前1時すぎに
平川マリーナに到着。
小雨の降る中、テントを張って
テントの中に荷物を運び、後部座席で
寝ていたダイチとコウシを起こして
テントにもぐりこむ。
ダイチ父とビールを飲んでいるとテントに
激しい雨が打ちつけはじめた。

梅雨にはいっているので雨は覚悟して
いたが雨の中、練習する子供の姿を
思い浮かべるとしのびない。

翌朝、車の音で目が覚めた。
テントを出るとスロープ付近に数台の
車が停まっていて、漁師と思われる数人の
男の人が雨の中、魚の選別をしている。
これは平川マリーナの毎朝の風景なのだろうか。
しばらくすると空から鳶が降りてきて
スロープに捨てられた魚をついばんでいた。

午前9時になり鹿児島ジュニア中学生のリュウ君が
やってきてダイチとコウシとサッカーをして遊んでくれた。
その後、ポツポツと集まりはじめ、10時くらいには
練習に参加 する全員が揃った。

鹿児島ジュニアの保護者、コーチに挨拶をして
大人は雑談、子供たちはすぐに打ち解けて
皆でボールを蹴りあっている。

雨はさほど強くないが、風がまったく無い。
風待ちの時間が過ぎ、やがてお昼になり
中学生のリュウくんが中心になって子供たちの
食事用のテーブルを並べる。
しばらく子供たちは自分のカップラーメンを
おとなしく食べていたが自分のを食べてしまうと
食べるのが遅い子供にちょっかいを
だしはじめた。
スープだけ残ったカップラーメンにソース焼きそばの
麺を入れたり、他のスープを混ぜたり、
しまいにはファンタジュースを入れたり
して食っている。
恐ろしい味がするのは間違いない。

 オレにも食わせろぉ

皆でファンタ麺を回し食いしている。
世界中がゴキブリだけの世界になっても
生き残っていけそうなくらいたくましい。
食事が終わると上級生が中心になって皆が食べ散らかした
テーブルの上を拭いてテーブルを片付けた。

午後2時くらいになってやっと風がそよそよと
ふきはじめた。

食事の時もそうだったが
鹿児島の子供たちは下級生の面倒をよくみる。
高学年の子供たちが低学年の出艇を手伝う。
コウシとダイチの面倒も見てくれる。

出艇したものの良い風は吹かず微風の中、
スタート練習から上マーク、アウターの回航練習が
はじまった。鹿児島の子供たちほとんどが
Aクラスなので結果は予想していたが
これほどスピードが違うとは思っていなかった。
コウシは鹿児島の子供たちについていけない。
いいスタートを切っても上マーク付近では
かなりの差をつけられダイチとビリ争いをしている。
コース取りよりも弱い風での走らせ方を
わかっていない。
時間の許す限り回航練習を何本も
やったがダイチが1本だけ1位を
とっただけでコウシには全くいいところ
が見られなかった。

これからAでレースに参加していくのだが
この先、今以上に早くなれるんやろうかとさえ
思ってしまった。

1日目の練習に参加したのは
去年からAクラスで頑張っている
コウシと同級生のシオちゃん。
まだ小学2年生なのに体が大きく技量も
Bのトップクラスであろうカイト。
下級生の面倒を良くみてくれる
中学生のリュウとダイチとケイスケ。
コウシにいろいろ教えてくれる
5年生のタクミ。

タクミには格別の印象がある。
去年の別府のクリスマス合宿で
スキッパーズミーティングに遅れオヤジに
怒られていた。
涙目になり叱られている姿が印象的だった。

タクミ父:コウシを殴ったらイカンですよぉ

コウシ父:エッ さっきカイトを殴ってませんでしたっけ?

どこの親も自分の子供にはキビシイ
私も親からムチを受けて育った世代だ。
言うことを聞かないとオヤジから殴られた。
自分の親がじいちゃんになり、
自分が親になり世の中も
自分が子供の頃とずいぶん変わったが
親が自分に接したたように
子供に接していきたいと思う。

練習が終わり鹿児島の子供たちとトンカツを食べて
中山温泉に入り宿に帰った。
ダイチとコウシはまだ元気が余っているみたいで
相撲を取っている。

 お前らそんなに元気やったら練習もっとがんばらんかぁ!

翌朝、コウシがダイチの父に叱られていた。
どうやらコウシがダイチの父に暴言を吐いたらしい
ダイチの父はダイチにもコウシにもキビシイ。
もちろん私もダイチを叱る。
自分の子供だから見過ごしそうなことを
他の親が叱ってくれるのは本当にありがたいことだ。
自分のオヤジだけが怖いんじゃない。
ダイチのオヤジも自分のオヤジと思え!

2日目もウチの2人はいいとこ無しだったが
鹿児島の子供たちと仲良くなる目的は
十分に達成されたようだった。

鹿児島の皆さんと別れの挨拶をして
国道に出る信号機で車が停車したら
艇庫からタクミが走ってきた。
何か忘れ物でもしたのかなと思ったら
タクミは信号のボタンをわざわざ押しに
来てくれたのだった。
なんでそんなに気が利くん?


















コウシとダイチのクラブ交流ははじまったばかり。
これから他のクラブの方々にお世話に
なったりご迷惑をかけたりすることが
いっぱいあるだろう。
なんてったってダイチとコウシはもちろん
私たち親も右も左もわからない
ズブのド素人。
皆さんしばらくの間、笑って許してください。
その代わり私たちは皆さんに
お世話になったことや学んだことを
新しくヨットをはじめたOP親子に
ちゃんと伝えていきますから。 斬り!

2006年5月16日火曜日

第26回西日本少年少女オープンヨット大会 3日目

20060505 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海




















米子に来た時は、肌寒かったが
期間中、晴天が続き
暖かい最終日となった。

前日、予定された7レースの内
6レースを消化し
本日は1レースを残すのみとなった。

Bクラスの出艇は午前10時
朝早く会場に到着した私たちは
出艇まで車の荷物を整理したり
帰り支度をしながら出艇を待った。

コウシは昨日までの6レースで暫定3位
できることならこのまま3位で終わらせてやりたい。
最後の1レース
今まで練習したことを思い出して
走って来いと送り出した。


風は5m~6m
西日本少年少女最終レーススタートのホーンが鳴った。
上マークまでのコース取りがまずかったが
なんとかシングルで上マークを回航。

 抜かれないでそのまま行ってくれ!

後半、大きなミスもなく
コウシは7位でゴール。

昼食のお弁当を食べてから
3時の閉会式まで
全ての片付けを終えても持て余すほど
かなり待ち時間があった。

午後3時前にようやく表彰式がはじまり
真っ先にBクラスの成績発表。

 コウシ 3位

名前を呼ばれてはじめてコウシが
3位だということがわかった。

 コウシやったやん。おめでとう!

子供たちの後ろで私といっしょに見ていた
ダイチの父が握手してくれた。

自分のことのようにうれしかった。

コウシは小学2年からレースに出場して
今回で7レース目。
3年生になってから近県で開催されるレースには
できるだけ参加してきた。
2年生の頃はいつもビリだったが
レースを重ねる度に少しずつ順位が上がって
 おとうさんボク負けたくない!
と、少しずつ欲もでてきた。
去年、宇土で開催された西日本が終わった時、
来年は10位以内に入って
Aクラスにいこうとコウシと話した。

私の中では
この米子でコウシが10位以内に入らなくても
今年からAクラスのレースに出場させて
上手な選手と走らせようと思っていた。

西日本少年少女のBクラスで10位以内に入ると
翌年からBクラスのレースには
出場できないことになっている。
最初で最後のBクラスの入賞を
3位で飾ることができた。


コウシがヨットをはじめた時、
水が怖くて海に足もつけられなかった。
寒くて怖くて泣いた日もたくさんあった。

今回の結果は
コウシの実力以上の結果かもしれない。
この2年半、練習をほとんど休まずに
頑張ってきたと思う。
ずっと頑張ってきたから
3位になれたんやと思う。

大会の全てが終了し
夕方4時くらいに米子を出発して
私のボーっとした運転で高速道路に乗りそこない
お城のようなおみやげ屋さんに偶然通りかかって
そこでおいしいお菓子を試食して、ようやく米子道に乗った。

その後、3回ほどサービスエリアで休憩しながら
午後11時くらいに壇ノ浦SAにたどり着き
駐車場の隅に車を停め
車の後ろに1人用のテントを張って
狭いテントの中でダイチの父と一夜を共にした。

翌日6時に起き
子供たちに関門海峡を見せて
福岡まで走って、「万葉の湯」で
温泉にゆっくりつかり

それからキャナルシティのポケモンセンター
に寄った。
子供たちはわけのわからない
小さなポケモンのぬいぐるみを買ってもらい
ここでしか買えない限定品を
ゲットしたと喜んでいる。

ダイチはヘリハンでおニューのライフジャケットと
黄色いラッシュガードを買ってもらっていた。
ダイチはどんどんデカくなっているのに
コウシは小学2年の時に買った
ウェットスーツとラッシュガードが
まだまだ着れている。
頼むから巨大化してくれ!
そうすれば強風にも強くなる。
巨大化しなくても福岡のケイジュくん
みたいにテクを磨けば乗れるように
なるのかなぁ

ダイチの父と私のOPパパは
はじまったばかりだ。
これからは私たち親が勉強しないと
子供について行けなくなる。

心やさしき全国のOPパパのみなさま
私とダイチの父はこれからOPパパとして
一生懸命勉強することをここに誓います。
どうか私たちド素人にOPのいろんな
ことをご教授ください。

2006年5月10日水曜日

第26回西日本少年少女オープンヨット大会 2日目

20060504 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海




















朝6時起床
子供たちの部屋に行くとコウシは起きていた。
ベットの上で布団にくるまって眠そうなダイチを
起こし、子供たちの部屋でいっしょに朝食をとる。
ダイチの父と私のサンドイッチはホテルの冷蔵庫の
中で凍っていてシャリシャリしてまずかった。


湊山公園に着くと、いい具合に出艇場所に通じる
道の隣に車2台分のスペースが空いていた。
子供たちは艇の準備。大人は観覧の準備をしていると
出艇時刻が迫ってきた。

Aクラスが先に出艇し、続いてBクラスの番になった。
ここはスロープが無く、水面と同じ高さのポンツーン
からOPを抱えて水に入れる。

普段、子供たちが出艇した後は観覧艇か持参した
ゴムボートに乗ってレースを観覧するのだが
今回はレース海面が護岸に近いので整備された
護岸にマットを敷きイスを並べて
リゾート気分での観戦となった。
コウシのレースを陸から観戦するのはこれが
はじめてである。
陸から近いと言っても親の声は子供に届かない。

 叫ばなくてもだいじょうぶやろうか?

今までのレースでは、コウシに向けてレース開始から
終了まで叫ばずにいたことなど一度もなかった。

 おらぁー シート引かんかぁーー
 
 お前どこ行きよるんやぁーー

レースでは怒声のサポートはもちろん禁止である。
しかし、ゴムボートや観覧艇に乗りコウシの近くに
いるとどうしても叫んでしまっていた。

コウシが自分で考え自分で判断しなければならない
ノンサポートのレースがスタートした。

Bクラス、参加艇数31艇

スタートしてからほとんどの艇がポートに返す中、
コウシはスタボーで進んでいる。
陸上から見ると艇団の奥行きがはっきりわからないが
スタポーで進んでいるコウシが不利に見える。

 早くポートに返せ!

コウシは自分の後方をポートで抜けていく艇団には
気づかないようだ。
ずいぶん時間が経過してからポートに返した。
上マーク付近では艇団が入り乱れていて
私たちが観覧している位置からは、
どの艇が高い位置にいるのかわからない。

 コウシいいとこいるじゃん!

誰かが言った。
あわてて双眼鏡を覗くとコウシは上マークを
4番手で回航。
下マークまでに1艇を抜き、
ゴールまでの上りでは
なんとか順位をキープ
3位でゴールした。

その後のレースでは
上マークで、はじめてのトップ回航を2度したが
上からサイドでセールが風に合っておらず
後続艇に抜かれたが上位に絡む良い
レースが何本かあった。

このレースが3レース目となったダイチは
ほとんどのスタートで第1線からスタートできたものの
レース経験不足のためクローズで周りの艇
に翻弄されしっかりコースを維持できなかった。
元々スピードのあるダイチは
サイド、下までは他艇と同等に走っていたが
下マークからのクローズでまた順位を落としていた。

普段、練習ではダイチとコウシは
同じ練習をして同じように走っている。
ダイチがクローズでキチンと走れないのは
多くの艇と走るレース経験が少ないので
他艇に惑わされ、どう走って良いのか
感覚的にわからないのだと思う。

初日は、風待ちもなく
大会中に予定された7レースのうち
6レースを消化した。

成績が良かったら焼肉
悪かったらお茶漬けと
子供たちと夕食の約束をしていたが
観戦にバテた親が体力をつけないとイカん
ということでお茶漬けはヤメて
元気の出そうなものを食べにいくことにした。

ホテル出て道路を渡るとすぐに
米子市の歓楽街になっていて
5分くらい歩いたところにホテルで聞いた
お目当ての「かば」があった。

掘り炬燵のある居酒屋で
お店の入口に境港であがった日本海の
おいしそうな魚が並んでいる。

 期待できそう。

刺身は新鮮で、九州ではお目にかかれない
ハタハタなんかもおいしかった。
店員さんもフレンドリーで子供たちと
ワイワイやっているとポテトの大盛りを
サービスしてくれた。
5人でお腹がいっぱい食べたけど
料金は安かった。

  近くにおいしいケーキの食べれる
  おしゃれな喫茶店ありませんか?

ダイチの父が「かば」の店員さんに尋ねたら
わざわざその喫茶店まで案内してくれた。
珈琲工房「喜多川」でおいしいコーヒーを
飲み、帰りにお菓子をもらった。
米子の太っ腹なサービスに
子供たちは大喜び

ホテルへの帰り繁華街をプラプラ歩いていると
手焼きのせんべい屋さんがあった。
米子名物!?六方焼「ちとせ」
ダイチの父が

 これは買わんとイカんやろ!

地元のお菓子、六方焼をゲット!
ここでもまたまたサービスのせんべいをもらった。
なんでこんなに米子はサービスがいいんやろう。
おじいちゃんありがとう。

咲い地蔵(わらいじぞう)に
明日の必勝をお願いしてホテルに帰った。

米子の繁華街は
路地裏に歴史のありそうなお店や
元気そうなお店があって
いつまでも散策していたい
街並みだった。

2006年5月8日月曜日

第26回西日本少年少女オープンヨット大会 1日目

20060503 (晴れ)
第26回西日本少年少女オープンヨット大会 米子市中海



















5日2日午後、ディンギー艇庫の管理をしている
ゴトウ先生に手伝ってもらってOPを車に積んだ。

 せっかくの連休だから楽しんできてください。

ゴトウ先生に見送られ一旦、自宅に帰って
準備をしているとササキコーチが激励に来てくれた。
大分の病院での研修を終えた帰りに、私たちが
まだ出発していないのを知ってわざわざ寄ってくれたのだ。

 コウシがんばってこいよ!

 うん。

コウシの返事に心なしか元気がない。
2月のウィンターカップでササキコーチに
いっしょに行ってもらったのに結果が出せなかった
ことが頭にあったのだろうか。

ササキコーチに見送られ午後8時に自宅を出発。
途中、ラーメンを食べて熊本のインターで
ダイチの父に電話をしたら
今から宮崎を出発するとのこと
ダイチの父は高速道路に慣れているので
どこかで追いついてくるだろう。

福岡の古賀SAで給油して、九州に別れを告げ
中国道に入ったら急に眠くなってきた。
ダイチの父に「美東SA」で寝ると連絡して
車の中で寝る。

どのくらい眠っていたのだろうか
携帯が鳴った。

 モシモシ 追いついたよ。

  エッ

寝ぼけてキョロキョロすると
車の外に携帯を握ったダイチの父がいた。
ずいぶん前に「美東SA」に着いて
私がいるのを確認してから仮眠を
取り、4時半になったので
窓ガラスを叩いたが起きないので
車の外から携帯してくれたのだ。
ベルが鳴り私が寝ぼけて携帯を探す姿が
かなり滑稽だったらしい。

まだ明けない中国道を2台で米子をめざした。
「中国道」から「米子道」に入り「大山」を
右手に見ながらしばらく走り米子市に入った。

高速を降りて10キロほど走り
今回の会場となる「湊山公園」に午前9時到着。
全行程11時間、その距離800キロ余り。遠かった。

休む間もなく
艇を降ろして艤装に取り掛かる。
主催者の話では午後にトライヤルレースを
1本やるらしい。

艤装を終え、レース海面を見に行く。

「米子市」は人口約15万人。
「中海」は宍道湖の東にある
弓ヶ浜半島と島根半島に閉ざされた、
自然が創りあげた静かな内海だ。

風は7~8mくらいだろうか
しかし、海面は内海のせいかフラットである。

トライヤルレース出場のために
子供たちが出艇するころには風はさらに強くなっていた。

スタートホーンが鳴りOP級AクラスBクラス、
他艇種も同時にスタート。
Aクラスが強風の中、上マークに爆走する中、
コウシとダイチはスタートラインで上れずに右に行ったり
左にいったりしている。

 またかよ・・・

Bクラスにリタイヤ艇が出る中
ダイチは上マーク付近で沈してリタイヤ。
コウシはなんとかコースを回ってビリでゴールしたものの
強風に翻弄され、いいとこナシ。

子供たちが着艇して すぐにその場を後にし、
今回の宿である「米子ニューアーバンホテル」に
チェックインしホテルの部屋でダイチ、コウシと反省会。
今日の情けないレース展開に反省会は延々1時間におよび
明日、本戦でのがんばりを子供たちと約束して
レセプション会場の湊山公園に急いだ。

会場ではオードブルとお刺身、天ぷらなどが振舞われて
いたが初日のレースでお腹がペコペコの選手たち
の食欲は旺盛で、遅れて参加した私たちは
食欲を満たせないまま野外会場の冷たい風に
後押しされ会場を後にした。
タロウ家もタロウ父の旧友に会うとかで
私たちより先に撤収した。

冷えた体を暖めるため
事前に調べておいた「おーゆ・ランド」へ直行!
入浴料310円と安く、設備も良かったが
連休のためか混雑していてゆっくりできなかった。
これから行く人は石鹸、タオルが常備されてないので注意。

ホテルへの帰り道、焼き鳥と朝食を買い込んだ。
部屋でダイチの父と反省会をしていたが
長距離運転の疲れで10時には撃沈。

2006年4月23日日曜日

短パン派

20060422



















天気予報が大当たり
朝から雨が降っている。

マリーナでは高校生が艤装をはじめていた。
中に、初めてみる1年生新入部員の姿もある。
今年は豊漁で6名の新入部員がはいったらしい。

早速、宇土カップを教訓に
コウシ、ダイチに自分で艤装をさせる。
マストは自分でなんとか挿せた。
スプリットには手が届かずに

  台を持ってくる

とコウシから積極的な言葉が・・
しかし私の手が勝手に動いてスプリットを挿してしまった。
これがイカんのよね。(かなり反省)


ササキコーチの朝のミーティングが終わると
子供たちは出艇した。

ドシャブリの中、ササキコーチが
フリースと短パンで艇庫から出てきた
それじゃあんまりだと私の汚いジャンバーを
着てもらう。

ササキコーチは真冬でも短パン派で
寒そうにしている。

    寒くない?

 だいじょうぶです。

年中短パンで気合が入っているからだいじょうぶなのかも
しれないが今はコーチにとって一番大事な時期なので
風邪でもひいたら大変だ。

ダイチの父とササキコーチと私の3人はゴムに乗って
子供たちを先導して沖に向かった。

マリーナ入口にさしかかると
入口付近が広い範囲にわたって砂に埋もれ浅くなっている。
一番浅いところはゴムボートでも底が当たりそうだ。
ここのマリーナは構造上の問題なのか
大きな台風が過ぎた後はもちろん、そうでなくても
時間の経過で少しづつ砂が溜まり小型船舶の入出航ができなくなり
その度に浚渫船が来て浅くなった海底を掘って
船が通れるように工事している。
1回の作業にかかる費用は3,000万円ほどらしい
私が知っている範囲でも年に最低3回ほど工事をしているので
最低でも年間1億円くらいの費用がかかっているのでは
ないだろうか。

もったいない。

身になるお金ならバンバン使ってもらいたいが、
何も変わらない、足しにもならない。ランニング費用
にお金がかかるのはもったいない。
管理は県だと聞いているが
どんな気持ちで浚渫の決裁をしているのだろう。
このまま浚渫が続くことはないと思いたいが
抜本的な処置が実施されるまでずっと税が投入されるのだ。
この悪循環が長く続けば続くほど無駄な費用がかかる。
当初の計画では、マリーナ入口の沖に一文字の防波堤を
作り砂の流入を防ぐはずだったらしいのだが
一文字防波堤があれば砂の流入が
完全に食い止められたのだろうか。
それでも少しづつは砂が流入し
現在、年数回行っている浚渫のスパンが
長くなるだけなのでは ないだろうか。
いっそ、現在の入口を閉じて南側海面側に入口を作ったらどうだろう。
そのほうが入出航の安全面からしても良いのではないだろうか。
マリーナ建設計画、建設、運営、いろいろな面で簡単には割り切れない
問題やしがらみがあると思うが一日でも早く適切な処置がなされるよう願いたい。


本日は雨、風は北西の風2mくらい
上、サイド、下の三角コースを作って
コース練習をした。
ダイチもコウシもタックをした後に
メインシートの引き込みが足りない。
風が強くて引けないのではない。
集中力が足りずタックした後に引くのを
忘れているのだ。
何度、注意してもすぐ忘れる。

ダイチはタックしてから落ちていくクセ
があったが今日はキチンと上れている 。
コウシは以前は落ちずにスピードが無かった
が今日は落ちまくっている。
2人ともオーバーセールが多い。
ササキコーチが的確に指示を出すが
なかなか自分で考えて走ってくれない。
2人とも以前より上手になって指導者の要求が
高くなったのだろうか?
そうであればいいのだが素直にそうは思えない。

西日本大会を前に問題が山積みであるが
なんとかひとつだけでもマスターさせて
レースに望みたい。

今日、帰ってから反省会をして
無駄なアガキになるかもしれないけど
来週土曜日も練習することにした。

2006年4月17日月曜日

熊本宇土カップ 2日目

宇土カップ 20060415~20060416



















4月16日
コウシとヒロタカ、鹿児島ジュニアご一行様はまだ寝ている。
寝心地の良い部屋で目覚めた私はテントを片付ける
ために多目的スペースに向かった。

コウシ一人のヨットを積み下ろししたり
するだけでも大変なのにキャンプ用品を持ってくると
車いっぱいの荷物になってしまい整理が大変だ。

昨晩、お世話になった鹿児島ジュニアの保護者は自分の子供
だけでなく他の子供たちも連れてきているので
荷物もかなりあるだろう。
子供たちの面倒もみなければいけない。
相当なご苦労だと思う。

雨で濡れたものを車に干し、
軽い朝食をとって
コウシと艤装に取り掛かった。

朝8時。
宇土マリーナに出艇のホーンが響いた。


昨日とはうって変わり青空の下
子供たちが出艇していく。
海上は風がなく
遅れて出艇した子供たちは
観覧艇や運営艇にロープで
引かれ沖に向かった。

Bクラススタート3分前
コウシはスタートラインを流し終え
本船の黄色いセーリングクルーザー横で
待機している。
これまでは下にくだり過ぎたりして
スタートに間に合わないことが
多かったが
今回のレースでは違っていた。

Bクラスのスタートホーン1分前には
スタートラインに入り
最前列で一旦ブレーキを掛けてから
アウターに向けゆっくりと走りだした。
アウターまでの距離を
セールの出し入れで調整している。

 うまい。イケる。

コウシはアウター手前から
トップスピードでスタートラインを切った。




どしゃぶりの1日目に2レース
2日目に3レースを消化して全てのレースを終了した。
5レース以上成立の場合、1レースカットだったので
1日目にサイドマークを上マークと勘違いして回航し
DNFになったレースはカットになった。

今回のレースを終えて順位には結びつかなかったものの
コウシは練習の成果をいたるところで発揮した。
また反面、練習中にはやったことのないような
大きなミスもあった。

今回の宇土カップでは、私たち保護者の指導方法を
考えさせられた。
他のジュニアヨットクラブの子供たちは車からの艇降ろし、
艤装など何でも自分のことは自分でやる。
ウチの場合、親が何でも手を出して子供が自分で
何をしなければならないかさえわかっていない。

たしかに、親が手を出せば効率よく事が運ぶ。
時間がかかってもいいから
子供にやらせて自分が何をしなければ
いけないかを考えさせ
自分のことは自分でできるように
なることがウチの子供たちにとって
一番大事なことだと思った。

早速、帰ってからやらせよう。

熊本宇土カップ 1日目

宇土カップ 20060415~20060416



















5月の連休に開催される
2006西日本少年少女オープンヨット大会を前に
1レースでもレースに出場させたいと思い
熊本県宇土市の宇土マリーナで開催される宇土カップに出場することにした。

 同じクラブからはコウシと
今回のレースがデビュー戦となる
ヒロタカが参加する。
大会前日、昼から仕事を休み
ヒロタカの父と夕方4時に
マリーナで待ち合わせをして
車にヨットを積んだ。

レース前から当日の天気を確認していたが
毎日、予報が違うほど天気が安定していない。

午後6時に出発すると、すぐに
フロントガラスに雨が落ち始めた。
熊本の天気はどうだろう。
えびのから高速に乗り、熊本の県境を抜けると
雨が止んだ。

宇土マリーナには広い芝生の多目的スペースがあり
去年、宇土で開催された西日本少年少女の大会では
キャンプをしているチームが多かったので
今回はキャンプの用意をしてきた。

午後9時過ぎに宇土マリーナに到着した。
マリーナの駐車場にはOPを乗せた車が1台いたが
期間中の雨を予想してか多目的スペースにテントは
1張も見当たらない。

今回、テントは私たちだけかもしれないと思いながら
水道の近くにテントを張り
ヒロタカ家の到着を待った。

テントの前に明かりを灯し、テーブルとイスを並べ
さぁビールでもと思ったら大粒の雨が降りはじめた。
コウシとテントに避難して
お菓子を食べていたらいつの間にか寝てしまった。


15日朝
テントを叩く雨の音で目が覚めた。
雨は止む気配はない。
宇土マリーナの駐車場には
大会常連の福岡の方ともう一台
OPをカートップした車が停まっている。
聞けば夜中の2時くらいに到着したそうだ。

宇土マリーナ内に4月18日オープン予定
の道の駅「おこしき館」の屋根付き駐車場
を拝借して艇を下ろす。
この頃からポツポツとOPを乗せた車が
マリーナに集まりはじめた。
雨の影響で参加者が減っているのでは
と思ったがコウシの参加する
Bクラスは1人の欠場もなく
14名全員が集合した。

屋根付き駐車場で艤装をしていると
ヒロタカ家も到着。
昨晩のうちに到着したがマリーナの門が
閉じてあり場外で朝を迎えたらしい。

こんな雨の日にレースをやるんやろうかと
気落ちしていたがスロープから地元の高校生たちが
練習のため出艇していくのを見て気合を
入れなおした。

午後12時ホーンが鳴り
雨の中を子供たちは
次々に出艇していった。
私も他の親たちといっしょに
観覧艇に乗り沖に出た。

レース海面はマリーナから
1キロくらい沖合いだろうか。
海上は風の影響でうねりがある。
観覧艇がレース海面に到着すると
コウシは先に本船付近に
到着していた。


Aクラスのスタート1分前のホーンが鳴る。
Bクラス5分前のカウント開始1分前だ。
タイマーはセットできるだろうか。
遠くにいるコウシを凝視する。
親の心配をよそに時間前に
シバしてしっかり
タイマーをセットした。

6mの風の中、Bクラスのスタートホーンが鳴った。
コウシはスタートラインの中央より少しアウター寄りから
スタートを切った。
スタートして10mくらい走ってすぐにタックしポートにかえす。
もっと見ていたかったのだが私の乗った観覧艇は
本船の外側を回り上マークへ向け走り出した。

上マーク付近から見るとコウシの上り角度が悪い。
他艇はバウが見えるがコウシはハルが見えている。

 こりゃダメだわ。

いつも練習の時には上らせ過ぎで、スピードが出ないので
スピード重視で練習してきた。
こんな形で裏目に出るとは・・
スタート直後にはトップだったのに
前回の課題だった強風でシートを引けない
(引かない)ことはクリアしていたようだが
アビーム気味で落ちまくって走ってきたコウシは
上マークを6番手で回航した。
すぐに前の2艇を追い抜き4番でゴール。

2レース目もスタートは良かったものの
1レースと同じように上マーク付近から見ていると
あろうことかサイドマークを回航してゴールに向かった。

結局、2レース目は上マークを回航したのは
2艇。他の選手は全てDNFとなった。

その後、霧のためBクラスはハーバーバック
となり初日のレースを終了した。

ヨットを片付けて
宇土マリーナの近くに最近オープンした「おこしきの湯」
に向かった。「おこしきの湯」はオーシャンビューで
広い窓から御輿来(おこしき)海岸が望める。
一日中、雨に打たれて冷えた体を温めながらコウシと反省会をした。

 2レース目はどうやった?

     3位やったよ。

 そうやっちゃ。

     近道があってクローズで走りよったらそのままマークを
    回ることができたよ。

 コウシが回ったマークは上マークじゃなくて
 サイドマークやったちゃが。

      えぇーーーほかにマーク見えんかったよ。    
      じゃボク何位?

サイドマークを上マークと勘違いして回ったコウシは
間違いなくDNFだった。

こんなやり取りのあと温泉を後にした。
宇土マリーナに帰るとレセプションの用意が整っており
熊本の運営の方々、保護者の方々が用意してくれた
おいしい焼肉、焼きそば、イカ焼きなどご馳走がたくさん
並んでいた。

早食いの私は10分ほどで腹いっぱいになった。
同じクラブのヒロタカ家以外、気軽に話せるような
保護者もいないのでテントに帰ろうと思っていたところ
以前、別府のクリスマス合宿で少しだけ話をしたことの
ある鹿児島ジュニアの父兄の方が声をかけてくれた。

子供たちが上マークを回らずにサイドマークを回って
来た話や一日雨で寒かった話で盛り上がった。
また、こんな雨の日にテントは大変だから
鹿児島ジュニアの宿泊場所にいっしょに
泊まればと声を掛けていただき
お言葉に甘え一晩ご厄介になることになった。

コウシはすぐに寝てしまったので
鹿児島の子供たちとあまり話ができなかったが
これから大会や練習を通してぜひとも仲良くなって
ほしい。

2006年4月10日月曜日

ディンギー艇庫

20060409



















4月というのにまだ肌寒い
コウシにジャンバーを着せてから
マリーナに向かう。

ヒロタカ、コウシは4月15日に
熊本で開かれるレースに出場するので
今日がレース前、最後の練習だ。

ササキコーチは病院の研修、
ダイチのお父さんは会社の会議で
練習には参加できないとの連絡があった。

OP3艇を艇庫から出して
コウシのヨットの艤装を済ましたところで
ダイチがお母さんといっしょにやってきた。
少し遅れてヒロタカもお父さんといっしょに到着。
私一人で3人の子供を見るのは無理なので
ヒロタカくんのお父さんが来てホッした。

OP組はダイチ、コウシ、ヒロタカ。
タロウはミニホッパーの練習をするので
OP組とは別で高校生といっしょに練習している。

ヒロタカのお父さんとゴムボートに乗り
OP3艇を引き連れ沖にでると
高校生の練習用にマークが既に打ってあり
高校生は別の海面でセーリング練習をしていたので
高校生たちがマーク回航練習をはじめるまで
マークを拝借して練習することにした。

風は3m~4mだったが時折、6m~8mのブローが入る。
練習にはもってこいの好条件だ。

コウシはあいかわらず上り過ぎでスピードが無い。
見ているとラフ付近少しシワが入りシバ気味で走っている。
クローズでスピードが無いのは致命的だ。
コウシのクセに合わせたレーキの調整が必要だと思う。
こんな時にコーチがいれば適切な指示がでると思うのだが
今日は私とヒロタカの父しかいないので

 上り過ぎやがぁーー

と叫ぶくらいの指示しかできない。
また、ブローが入るまでは
シートは引けているが
ブローが入ってヒールしてシートを緩めるのはいいのだが
その後、シートを引かずにセールを出したまま走っている。

コースを3、4回、回った後
風が上がってきて7m~9mくらいに
なってきたのでそろそろ着艇させようと思ったが
ヒロタカの父が

 こんないい条件はなかなかないから もっと乗せましょう!

結局、全周1kmくらいのコースを7回ほど回らせて
午前の練習を終了した。

ダイチは午前中の練習のあと用事ができて早退した。
午後からのスタート練習はタロウも加わり、
湾内でタロウ、ヒロタカ、コウシで練習した。


この4月から臨海公園に指定管理者制度が導入された。
ディンギー艇庫は指定管理者制度の枠外となり
セーリング連盟が管理することになったようだ。
ディンギー艇庫には今まで管理人は居なかったが
4月からセーリング連盟の役員が管理者として配置された。

利用者からはこれまでよりも
安全、利用面でのサービス向上が望まれるところである。
青少年育成の面から利用者の一人として運用を見守っていきたいと思う。

2006年3月26日日曜日

臨海公園の南側

20060325
ウルトラマン レッド & ウルトラマン ブルー



















今日はササキコーチが福島に研修に行って
お休みだったのでコーチ不在の練習だった。
タロウはお父さんといっしょに高校生の九州選抜の大会
のお手伝いでお休み。
ダイチ、コウシ、ヒロタカのOP組三人での練習となった。

朝、マリーナに到着すると
大会に参加する大勢の高校生が艤装していて
久々に活気付いている。

高校生の大会に迷惑がかからないよう
海洋高校のヒロイケ先生にジュニアの練習予定を伝え
早速、子供たちの準備に取り掛かった。

今日は、臨海公園の隣にある南側海面で練習するため
陸上からOPを運ぶ予定だったが、
昨日、下見に行ったら南側海面の砂浜に
降りる道路がぬかるんでいたので、
海上から移動することにした。

子供たちを先に出艇させ
コーチボートをクルーザーヤードから回し
子供たちと、南側海面へ向かった。
今日の風は南東から南南東、1m~5mくらい

風がなかったのでダイチのお父さんが
これじゃ南側海面に到着しないんじゃない?
と心配したものの、途中からいい風が入って
30分ほどで到着した。

上、サイド、アウターを300m間隔で打ち
本船をアンカリングした。

レースが近いから今日の練習は
レースと同じようなコースを作って
コース練習することを子供たちに伝える。

1レース終わるごとに本船の周りに集合させ
悪い点を一人一人に注意する。

コウシ
クローズで上り過ぎでスピードが無い。
上からサイドへ向かう時にセールが風に合ってない。
課題だったクローズでの
シートの引き込みは
なんとか出来ている。

ダイチ
クローズでスピードはあるが
上り角度が悪い。
無意味なタックが多い。
人の後を走るクセがある。

ヒロタカ
まだ始めて日が浅いので練習を始める前に
全てのマークを回ってこれるのだろうか
と心配したが、ダイチ、コウシに迫る勢いだった。
これからの成長が楽しみ。

午後からの練習でダイチのお父さんが嘆いた。
ダイチはなんであんなに覚えが悪いんやろうか?
なんで人に負けてくやしいと思わないんやろか!
アイツ、ヨットに向いてないんやないやろか?

それは私も経験したことのある苦悩だった。
そんな父親の心配をよそに午後のレースで
ダイチはトップにたった。

 ようがんばった!ダイチやればできるやん!

前半、コウシがトップだった展開も
後半にはダイチはコウシに食いつくようになった。

最後に上、サイド、アウター、上、アウターの
レースをして本日の練習を終了した。


コウシはスピード
ダイチは上り角度が
当面の課題になりそうだ。

いっそ、コウシとダイチが
良いとこ取りで合体してくれんやろか。
それでヒロタカの怖いもの知らずの
性格がプラスされれば無敵かも。

2006年3月18日土曜日

ササキコーチとボーリング

20060318
マリーナに着くと
今日は、ササキコーチが先に来ていた。
こんなに早く来ているのはめずらしい。

家を出るときからずっと雨が降っていて
天気予報では今日は一日中雨みたいだ。

昨日、ジュニアの保護者に連絡したところ
コウシの他は、全員、都合が悪くて
お休みということだったのでコーチに
コウシだけだから今日は練習を中止しましょうか?
と伝えたら、コウシ一人でも練習しましょう!
との返事。
今日はコウシ一人での練習となった。
ダイチはお休みやけどダイチの父は練習に参加する
らしい。

高校生、大学生が艤装するなか
コウシは雨降り風無しということで陸上練習を
することになった。

コーチが
  いっしょうけんめいやったらボーリングに行こう!

  エッ マジ?

コウシは目を輝かせてタック、ジャイブの練習を
している。

それを横目に、ダイチの父と私は、練習用セイルとブームの
古くなったシートの取替えをした。
子供たちのヨットの艤装をチェックしてみると
風見もくたびれたのが多くそろそろ新しいのに
替えないとダメ。
ダイチのパドルは割れていてダメ。
ティラーエクステェンションのゴムも劣化してる。
買い替えが必要なものがたくさんありそうだ。

練習がひと段落して
コーチも私たちに加わり
ヨットのメンテをしていると

 まだ、ボーリング行かんと?
 ねぇ まだ?

お父さんたちは何してる!?

 ヨットの整備。

これ誰のヨットや?

コウシは黙った。
その後は静かに私たちの作業が終わるのを
待っていた。

作業が終わりコウシはコーチと
ボーリングに行くことになり
迷惑かけるから私もいっしょにいきましょうか?
とコーチに声をかけたが

約束したのは私だから私が連れて行きます。

なんとできた大学生だ。
私が若い頃とはエライ違いやわ。
コーチにコウシをお願いして
マリーナで別れた。

2時間くらいしてコウシがニコニコ
しながら帰ってきた。
コーチはコウシを送ってきて
コウシを車から降ろすとすぐに帰ったらしい
家に寄ってくれればよかったのに

コーチとヨット以外で遊んだこと
コウシにとっては、ずっと残る思い出になると
思う。

コーチありがとう!

2006年3月11日土曜日

クルーザーヤード20060311

天気:晴れ
風:1m~3m
海上:うねりあり



















今日は練習日ではないけど
ダイチとコウシ2人で練習することになり
9時にマリーナに着いた。

マリーナではトップアスリート育成事業
なるものが開催されるらしく県下のヨット部
の高校生がマリーナに集合している。

私が言葉だけ聞いて調べた
県のトップアスリート育成事業とは
==一貫指導体制を充実させ、小・中・高校生
の発達段階に応じた適切な指導及びスポーツ
環境の整備を図ることにより、総合的な少年競
技力を推進する。==
というものだそうだ。

うん?小・中・高校生?
というとダイチとコウシも当てはまるのでは?
まぁ優秀な子供だけということなのかもしれ
ないが・・・
でも高校生は全員参加なのになぁ

アサインするかしないか
参加するのに選考の基準があるかどうか
は別として
県の担当部署、県セーリング連盟は
関係者に情報を流してほしいと思った。

さておき
今日は、マリーナの外は波が高かったので
ダイチとコウシはクルーザーヤードで
練習した。
前回、コーチから教えてもらった
上マーク回航の練習と
最近、キビキビできなくなっていた
タックを中心に練習した。

今日は、ダイチのお父さんがデート
があるらしく2時半に練習終了!
ダレとデートなんかいな????
あやすぃ

2006年2月6日月曜日

鹿児島ウィンターカップ

20060204~20060205

佐々木コーチが見に来てくれたウィンターカップ



















上マークを回ってシートを出し切れずに
バウ沈してしまいました。















夕食の時もずっとコウシは下を向いて
元気がありませんでした。
















2005年2月5日土曜日

鹿児島ウィンターカップ 2005

20050205~20050206





















先月、ケガをして足を4針縫ったコウシは
傷口が乾かず今回のレースに出場させるかどうか
最後まで迷ったが本人がどうしてもと言うので
足をビニールで包んで出場することにした。

宮崎から都城まで高速で走り
都城から末吉まで下の道、
それからまた高速に乗って
鹿児島インターから指宿有料道路へ
しばらく一般道を走り平川マリーナに到着した。

我が家の節約コースにタロウ家にも
お付き合いいただいた。
タロウ家はレスキュー用のゴムボートと
子供たちのOPを積んだトレーラー
を引っ張ってきてもらったので一般道を
長く走るにはかなりつらかったみたいだ。

コウシはこの大会が2回目の出場になる。
鹿児島の平川マリーナに到着し
タロウの父とゴムボートを降ろして
OPの艤装に取り掛かる。
今回もタロウの父がコウシの艇の艤装も
手伝ってくれた。

真冬の一番寒い時のレースなのだが
タロウからドライスーツをいただいたので
寒さ対策は万全だ。
ヨット用のドライスーツは両手と首の部分が
ゴムで出来ていてピッタリ手足にくっついて
水の浸入を防ぐ、足の部分はゴムのソックス
になっていて足が濡れることはない。


OP級Bクラスのエントリーは9艇。
Bクラスには海上でAクラスと見分けるため
に赤いリボンが配られスプリットポールの
トップに赤いリボンを付けた。

Aクラスの出艇の後、Bクラスも出艇する。
タロウ、コウシを出艇させ、
タロウの父と持ってきたゴムボートで
子供たちの後を追った。

今回のレースはAクラスとBクラスが同じコースで
同時にスタートする。BクラスはAクラスより
コースが短くサイドマークを回った後にアウ
ターを回り本船と本船の下のブイを結ぶ
ラインがゴールとなる。
つまりサイドマークまではAクラスと
いっしょに走る。
ウチのクラブにはAクラス(上級者)はいな
いのでAクラスの走りを見ることができる。

第1レースのホーンが鳴った。
コウシはスタートラインにたどりつくことが
出来ずかなり遅れてスタートした。
ヨットレースがわかっていないコウシは
オーバーセール、上マーク付近では
なかなかマークを回れず
何回もタックをくり返した。

第2レースはスタート直後
ポートに返し船団からどんどん離れていく
その後もタックせずに
コウシはどこまでいくんやろう
と思って上マーク付近でゴムで待機して
いたら遠くからスタボで上マークに
突っ込んできた。
そのまま上マークを3番手で回航

 ヨッシャ イケる!

その後、サイドマークを回航後、
ゴールラインとサイドマークの間にいた
運営艇に行く手をはばまれ
コース変更を余儀なくされた
その隙に、後続艇にバラバラと抜かれ
6位でゴール。

なんでコース上に運営艇がいるのか
わからなかったが未熟なコウシは動揺して
運営艇をうまくかわせなかった。

2日目、最後のレースが終了して陸上に上がり
貼り出されたレース結果を見にいったコウシは
車の中で泣いていた。

津屋崎のうみがめカップはずっとビリだったが
今回のレースはビリじゃないレースも何レースかあった。
コウシは結果を楽しみにしていた。

がんばれ!!コウシ!!
お前のヨットレースは まだはじまったばかりや!